今日の旅本。

旅に関する本を引用します。

『モスクワの顔』、日本製の車

「まるで、東京みたいだろ?」
 そのとき乗りあわせたタクシーの若い運転手は、私の顔を見てそう言った。どうやら東京の車のラッシュは世界に名だたるものであるらしい。それから彼は、私に向っておかしな質問をはじめた。
「東京の町を走っているのは、日本製の自動車かね」
「そう、たまには外国製もあるけど、ほとんどは日本の車だわ」
「ふうん、日本でも自動車を造っているんだな」
とつぶやいたが、どうも怪訝な面持である。そういえば、日本人の観光客が持っている国産のトランジスター・ラジオ、テープレコーダー、カメラ、腕時計などはモスクワでも人気を呼び、あこがれの的にさえなってくるくらいだが、よっぽどの事情がないかぎり日本製の車をわざわざモスクワまで運んでくるケースはないから、この青年の疑問は無理からぬことなのかもしれない。
 
芹川嘉久子『モスクワの顔』(中公文庫)p.201
これは1965年~1968年時点なので、日本の車が国際的に有名になっていき、貿易紛争、みたいな話になるのは、もう少し後の話なんですね。
ほかにも「日本でカフェといえばひと昔まえの酒場を思い出すが」とか、「日本で壁新聞といえば、マジック・インクで書きなぐった烈しい口調の檄文をすぐに思い浮かべるが」とか、「流行というのは不思議なものである。イヤリングを飾るためにわざわざ生身の体に孔をあけるなんてとびっくりしている私をつかまえて、彼女たちはそんな手術も普及していない日本へやがて帰ってゆく私に同情し、ここにいるうちにぜひとも整形外科へ行くようにとしきりに勧誘する」(←ピアスのこと)とかあって、「時代……!」と思います。
 
1965~1968年、著者41~44歳時、モスクワ。